視福協

点字に出会って、ありがとう

鈴 木 経 子 

2010.9.19 記

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 私が初めて点字に触れたのは、12年ほど前になろうかと思います。障害者になったとき、生活して行くのに何ができるのだろうか、何が必要だろうか。そのとき私は三つの「プレゼント」をいただいたと思っています。
@救われたこと。
A・白杖を使うこと。
B・点字に出会ったことです。

 40半ばにして点字の読み書きを習得することの困難さ。忍耐力があるか、続けられるだろうか・・・。でも聖書を毎日読む習慣をつけるのは点字の訓練にとても良いことと思いました。

 そして、打つことができて、電話帳を自分で作り、触って読んで電話をかけられる喜びは、一口では言い難いものです。6つの小さな点を指の先で感じ取るわざは、「神様」が成してくださるわざではないでしょうか。

 点字は平仮名・英語・数字・音符などと打ち分けることができます。今私は漢点字(8個の点を使います)を始めました。墨字の偏や作りを点字で表します。これは読みの訓練が大事で、正しく察知しないと間違った漢字になります。私は漢字の入った聖書がほしいと思っています。そういう聖書があれば、晴眼者と同じようにみことばを味わえるのではないかと思うからです。平仮名だけでは感じ取るニュアンスも違うのではないでしょうか。

 それから、点字を読むとき、私はまだまだ指が追いつきません。声に出して読むのと、心の中で読むのとはだいぶ違いがあるようです。まして、人の名前で片仮名の文字が7・8個並んだら大変です。夏の暑い日、冬の寒い日、指先で点字を感じ取る流れもかなり違いがあります。点字を読む時間もかかりました。教会で輪読するとき、最初に読み、少し慣れてきたら章・節を追いかけて行くのですが、自分の読む節をなかなか見つけ出すことができず次の方のことを思ってあわてることもあります。忍耐と愛をもって支えていただいています。

 近頃は街の中、郵便ポスト、生活用品・・・、様々なところで点字を見かけます。学校でも点字の授業をしているところがあり、子供たちが点字を打つ体験をし、打った字を私が読んであげると、とても嬉しそうに感激します。

 お話しが代わりますが、先日、白杖の折りたたみの部分のゴムが切れてしまって、白杖無しで歩きました。とても怖くて、今では白杖は無くてはならないのだと実感しました。点字も同じように、今は本当に「続けてくることができて、ありがとうございます」と神様に感謝しています。

 「わたしにとって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すからだ。」
(箴言9章11節)


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