ロスアンゼルスの気候
子供の学校転入手続き、車の購入、食卓テーブル、机等の生活用品の
購入などがほぼ完了する頃には米国に入国して約1か月が経過していた。
それまで気を張っていたのだろう。精神的に落ち着いてきて気持ちが緩ん
できたのか喉が痛くなってきた。風邪の症状である。医者には見せず1週
間も経過した頃には喉の痛みもとれ体調は回復した。
そのころ首筋の皮膚がひりひりと痛むのを感じるようになった。日本では
経験したことがなかった。私はカッターシャツを年中着ているが、カリフォル
ニアの乾燥した気候でシャツの襟と首筋の皮膚が摩擦して痛みを感じる
ようになったことに気がついた。 11月半ば頃のことであった。
日中の気温は30度を超えることもあったが、湿度が低いために不快な
暑さを感じることはなかった。
7月の真夏の35度を超えるときでも低湿度のために不快感を感じることは
なかった。
雨はほとんど降らなかった。その年は日照り続きでロスは水不足の状態で
あった。
パームズスクール(Palms School)
二人の子供は9才の娘と5才の息子である。
Keystone Ave.のアパートから歩いて5分位の所にPalms School
というelementary schoolがある。 妻が娘は3年生、息子は幼稚園の
年長組への入学手続きをすませた。
最初のひと月程は言葉も理解できないし、友達もできないのだろう。学校
がいやだと言っていたが、ひと月が経過した頃、言葉も少しずつ分るように
なってきたのだろう、学校に行くのが楽しくなってきたようである。
子供の言葉に対する適応力は目を見張るものがある。
英語の発音も聞いたとおりに発音するからネイティブと同じように発音する。
とくにlとrの発音は上手である。
私の発音は下手だというようになった。
よく友人を家に連れてきて遊ぶようになった。なにやら子供の英語言葉で
楽しそうに話している。覚えるのも早いが、帰国して英語を話さないように
なったら数か月でほとんど忘れてしまったようである。
しかし、英語に対する感覚は頭の中に残っているようで、中学、高校
と英語の成績は群を抜いて良かった。
翌年の9月に学校の新年度が始まるとき、娘は4年生、息子は1年生に
上がる予定だったが、10月帰国予定ということで、進級を断られた。
でも、子供たちにとっては一生忘れられない思い出になったことであろう。
息子は現在30才であるが、もう一度アメリカに行きたいと強く希望している。
私たち家族といっしょに。
ディズニーランド
最初の頃、週末にはベニスビーチによく出かけたが、3ヶ月くらいが経過し
ロスでの生活も慣れてきた頃、遠出するようになった。私が車の免許を
取ったのが2月始めであったが、それまでは妻しか運転できないので、
ロスアンゼルス近辺での遠出である。
最初に行ったのが、Universal Studioである。25年前のことであるから
日本にはまだないときである。車で1時間も要しなかったようである。
マイアミバイス、ジョーズ、ET、ヒッチコックの鳥のhouseなどのアトラクション
観ることができた。
次に行ったのがディズニーランドである。まず驚いたのが、駐車場の広さ
である。東京ドーム5個分位はあるのかもしれない。10m間隔位に動物
の絵を描いた看板が立ててある。駐車した場所を覚え易くするためである。
入場すると楽しいアトラクションがたくさんあり、1日ですべてを楽しむのは
無理であった。半分も楽しんだろうか。日帰りであった。子供たちにとって
はUniversal Studioよりも楽しめたことだろう。
帰りの車を探すのには少しとまどったが、動物の絵を覚えていたので苦労せ
ずに見つけることができた。ディズニーランドへは帰国する前にもう一度出
かけた。

ロスアンゼルスの物価

 家賃、自動車は日本と同じくらいであるが、食料品は格段に安い。

私たちは日本から持参した電気釜で毎日ご飯を作り食べたが、カリフォルニア

米は日本米と劣らない位美味しかった。10キロで1000円を切っていた。

袋には“錦”と大きく書かれた米を買っていた。

 今、TPP交渉が行われているが、米や麦が関税0でアメリカから入って

くると日本の農家は大打撃を受けることだろう。

 しかし、納豆や豆腐や日本の即席ラーメンなどは現地ではそんなに人気が

ないのもあって日本より割高であった。日本食が売られている一部のスーパー

しか売られていなかったが。

 果物はりんごが大きなビニール袋に20個位入って1ドル50セント位であったし、

カリフォルニアオレンジも1個10円もしなかった。日本のスーパーではカリフォルニア

オレンジが1個100円前後で売られているのを見るととても買う気にはなれない。

 ぶどう、スイカなど果物は特に安かった。

肉、魚も同様に安く日本の半額以下であった。

アメリカでは貧富の差があるせいか、スーパーマーケットも高級品を扱う

ところから低価格品を扱うマーケットまでいろんなマーケットがあった。