ワーグナー・ブーフ

 

ワーグナーに関連する書籍というのは、もしかすると音楽家の中でも最も多く出版されているのではないでしょうか。

ここでは、Forte111とオデュッセウスが読んだ書籍の中から特に注目すべきものについて順次紹介していきます。

著 者 ・ 書 名 ・ 概 要 評 価
ワーグナー著作集T『ドイツのオペラ』/第三文明社       

ワーグナーの処女論文『ドイツのオペラ』や悪名高い『音楽におけるユダヤ性』、そして『未来音楽』や『音楽のドラマへの応用』など、ワーグナーの楽劇を聴くのにぜひ触れておかなければならない論文が一覧できる。

 特に、ベートーヴェンの『レオノーレ序曲』に触れながら序曲のドラマ性について論じた『序曲について』や彼の指揮がどのようなものであったかが想像できる『指揮について』などは本当に読んでいて楽しい。 (D)

☆☆☆      
ワーグナー著作集V『オペラとドラマ』/第三文明社

この日本語訳のページにして563頁に及ぶワーグナーが書いた最大の論文。

 その序文において有名な「オペラという芸術ジャンルの錯誤の本質は、表現の一手段(音楽)が目的とされ、表現の目的(ドラマ)が手段とされた」というテーゼが示され、そうした観点から延々とワーグナー節が炸裂する。

 内容的にも「音楽は女性である」とか、あるいは同時代の作曲家たちをこき降ろすなど、言いたい放題だが、彼の論文のまさに真に論文であるところは、その論を彼の芸術によって実践したことなのである。

 ワーグナーの楽劇をこの論文読むことなく論じるこは絶対に出来ないと言って良いほどの重要なもの。(D)

☆☆☆
ワーグナー著作集X『宗教と芸術』/第三文明社 

1878年から1883年までのパルジファル前後の晩年の論文が取り上げられている。以上の2冊に比べると観念的な論文となっており、だいぶ取っつきにくい。筆者もまだ全部を読破していない。(D)

ワーグナー小説集『ベートーヴェンまいり』『パリ客死』そして『幸福な夕べ』『素描の自叙伝』深夜叢書

 『ベートーヴェンまいり』『パリ客死』そして『幸福な夕べ』といった若き日のワーグナーの小説が網羅されている。

 内容は至って単純だし、何がおもしろいのか?という困惑を少し感じつつ、それでもワーグナーが書いた!という圧倒的な「アウラ」によって一気に読まされてしまう。

 僕は神田の古本屋「古賀書店」で手に入れたが、現在、果たして入手できるか?この本を読みながら、ベートーヴェンの七重奏曲とワーグナーの交響曲ハ長調を聴くのは僕にとって至高の喜び!!(D)

☆☆☆
ワーグナー『ベートーヴェン 第九交響曲とドイツ音楽の精神』他北宋社 

上に採り上げた第三文明社(ワーグナー協会)版で次回の予定となっているのが、ベートーヴェンに関するワーグナーの著作なので、第一にはそれが待ち望まれる。しかし、ここでは手に入りにくい、小説『ベートーヴェンまいり』とベートーヴェンに関する論考が取り上げられているので貴重なことは確か。

 この論考は、1870年にウィーンで行われたベートーヴェン生誕百年祭に招きを受けたことに対して書かれたもので(同じ出席者の中にハンスリックやブラームスの名を見つけてワーグナーは欠席した!)、ベートーヴェンを論じつつ、極めて国粋主義的な精神をうたいあげている。

 訳は昭和14年のもの。僕が持っている版は2001年刊行のものなのだけれど、なぜこんな古い訳が新版で出されるのか、不思議です。(D)

ニーチェ『悲劇の誕生』ちくま学芸文庫ほか

「アポロン的」なるものと「ディオニソス的」なるもの(そして、本当は「ソクラテス的」なるもの)の提示によってあまりに有名な「哲学書」。とはいえ、ワグネリアンであれば彼の楽劇論とセットで読み込むこともできる。

 この本を読むと、ニーチェがいかにワーグナーに心酔していたかが分かる。哲学、美学研究者はもちろんのこと、やはりワグネリアンは読んでおかねばならないでしょう。でも、哲学史をある程度勉強しておかないと全容を理解するのはちょっときついかも?(D)

☆☆
ハンスリック『音楽美論』岩波文庫

ワーグナーの宿敵とも言えるハンスリックの名著。現代の我々の目からみると、古代ギリシャ以来の二つの美学の流れのうち、「美を均整が取れているものと見る見方」を代表する音楽美学が提示されていることが分かる。

 言いたい放題好き放題のワーグナーの論文に対抗したのか、この論文の「序論」において

 「ワーグナーの『トリスタン』や『ニーベルングの指輪』や彼の『無限旋律』の教えなどが現れた。無限旋律とは一つの原理にまで高められた無形式性であって、歌われ、演奏されるアヘン陶酔であり、この信仰礼拝のためにバイロイトに固有の寺院が開設されたである」

とまでハンスリックは言っている。お互いにすごいネ。この書を読むのであれば、せっかくだからその理論的対抗馬としてのワーグナー陣営から送り出されたニーチェの『悲劇の誕生』をセットに読むことをお薦めします。(D)

シューマン『音楽と音楽家』岩波文庫

 ワーグナ−とシューマンの関係は微妙だったように思う。ワーグナーはシューマンを「根暗な奴!」という感じで回想しているし、シューマンはワーグナーのことを「うるさい奴」って煙たがっていた。

 でも、この本で採り上げられたシューマンの「タンホイザー」批評などを読むと、シューマンの眼力の鋭さが伺える。

 また、ワーグナーが指揮したベートーヴェンの『フィデリオ』について「ワーグナーのまずい演奏。わけのわからないテンポの取り方」と評している部分が非常に印象的。先のワーグナーの論文『指揮について』との関係からワーグナーの指揮がどのようなものであったのかを彷彿とさせる。(D)

☆☆
都築正道『楽劇 音と言葉の美学 ヴァーグナー指導動機論』音楽之友社

 中部大学というところの先生が、自らの博士論文を基にまとめたもの。トリスタンとイゾルデを題材に、ワーグナーの指導動機について論じている。

 実は、何度読んでも焦点がはっきりしない(ごめんなさい!)内容なので、誰にもお薦めという本ではないのだが、僕は自分の修士論文を書くにあたって、「こんな内容で論文が書けたらいいな〜」と羨望のまなざしでこの本を見ていた。

 手書きの譜面がなんとも雰囲気があるし、取り上げられるテクストも素敵なので、読んでいるとなんとなくトリスタンを聴いているような気分になってくるという点で(どんな点じゃ、笑!)、トリスタン好きにはお薦めできそう。(D)

日本ワーグナー協会編『ワーグナーヤールブーフ1992〜2001』東京書籍

 日本ワーグナー協会が毎年発行したワーグナーに関する研究書(?)。特集記事と上演批評の2本立て。

 特集はかなり難解なものが多く、全ての記事に目を通すのが大変なほど。 1992…革命 1993…女性 1994…思想 1995…ライトモチーフ 1996…パリ 1997…笑い 1998…指揮 1999…アンチ・ワーグナー 2000…死と再生 2001…バイロイト

 いかがでしょう?オデュッセウスは、1998年の「指揮」と2001年の「バイロイト」以外は正直言って面白くないと感じました。

 しかし、上演批評は素晴らしいものです。当然バイロイトやベルリン、ミュンヘン、ウィーンなどの上演が中心になりますが、時々ヨーロッパの中小劇場におけるワーグナー上演のレビューが掲載されます。大劇場の情報は、『音楽の友』などからも知ることが出来ますので、こうした情報は新鮮です。その反面、国内での上演は扱いがかなり少ないです。

 オデュッセウスはバックナンバーを取り寄せましたが、そこまでする必要はないように感じます。2002年からは、『年刊ワーグナー・フォーラム』(東海大学出版)になりました。コンセプトは全く同様です。 (O)

吉田真『ワーグナー』作曲家◎人と作品シリーズ/音楽之友社

 この間、ワーグナー協会のゼミに出席したときに購入してきて、一気に全編を読破した。ワーグナーの出生から、現在のバイロイトに至るまさにワーグナーの歴史がこの1冊に凝縮されている。ワーグナーを巡る人間関係がこれほど丁寧に描かれている書籍を僕は知らない。
 また、巻末についている作品データも編成表や初演データが載っており便利。また、ワーグナーの全作品を網羅した表があって未知の作品に興味をそそられる。
 初心者の人にも、濃いワグネリアンにもお薦めの万能なワーグナー本!(D)

☆☆☆
山内 進『決闘裁判〜ヨーロッパ法精神の原風景』/講談社現代新書

<ワーグナー楽劇の魅力と不思議>『ローエングリン』編でも話題になりました、決闘裁判をテーマにしたものです。ワーグナーとは直接関係ありませんが、プロローグが「ローエングリン―神の裁きとしての決闘」からスタートします。その中で著者は、『ローエングリン』に描かれた決闘裁判だけでなく、異教徒であるオルトルートの存在に注目してこの作品を解釈するなど、<ワーグナー楽劇の魅力と不思議>でのやり取りに非常に近い記述がなされています。驚くような新規な説が提示されているわけではありませんが、こうして活字化されるとなんだか説得力が強い気がします。

本題の第1章以降は、『ローエングリン』との直接的な関係はありません。しかし、『ローエングリン』を知る者からすると、なるほどなるほど、という場面は結構多いです。例えば、決闘裁判は必ず正午に実施される、という記述。これは決闘する両者に均等に太陽光線があたるように、ということからの習慣のようですが、確かに『ローエングリン』でも、王ハインリヒは、“正午だ!!神の裁定にふさわしい時だ!!”と発言して、裁判が開始されるはずです。他にも、代わって戦う者(決闘士)などにも詳しく解説が為されており、これまた『ローエングリン』を知るものには興味深いはずです。(O)

☆☆
石川 栄作『「ニーベルンゲンの歌」を読む』『ジークフリート伝説〜ワーグナー「指環」の源流』/講談社学術文庫

日本ワーグナー協会員でもあるドイツ文学者石川さんの書いた2つの著書、ワグネリアンにとっても多くの示唆に満ちた素晴らしい著書だと思います。オデュッセウスは最初に相良守峯訳『ニーベルンゲンの歌』(岩波文庫)を読みましたが、古い訳であることもあり、読み通すのに少し苦労しました。それに比べると、石川さんのこの2つの著書は、ポイントを絞った記述で読みやすく、特に『ジークフリート伝説』はワグネリアン必読かと思います。この作品を読むと、ワーグナーが『リング』を創作するにあたって、いかに多くの文献にあたり、その結果ジークフリート像が、あるいは『リング』に描かれた世界が、他との比較を絶する多角的なものになったかがわかります。

この2つの著書を読んだ上で、相良守峯訳『ニーベルンゲンの歌』を読むと、1回目とは違った読書になりそうです。オデュッセウスはチャレンジしてみます。(O)

☆☆☆
あずみ椋 漫画『ニーベルングの指輪』上・下角川書店

 『ニーベルングの指輪』の漫画版については、このあずみ版のほかに最近でた里中満智子版(これは○)、そして池田理代子監修版(改ざんが効果なし△)、さらに松本零士版(これは×)を持っているが、ストーリーの展開、台本の内容、さらに登場人物の描き分けなど、すべてにおいてこのあずみ版が圧倒的に優れている。

 リングには泣けるシーンがいくつかあるが、このあずみ版は、音楽抜きでも泣かせてくれる。僕は古本屋の少女漫画コーナーででたまたま見つけたが(本当にたまたまです、少女漫画オタクではありません。念のため!)、その後、お目にかかれない。Amazonでも在庫切れとなっている。ただし、文庫でなければ手に入るかも。詳細はAmazonへ。(D)

☆☆
里中満智子 マンガ『ギリシャ神話』1〜8巻中央公論社

 以前、仕事でドイツのバイエルン州政府に行ったことがある(!)、そのとき、僕たちの対応をしてくれた州政府の高官に対して、ドイツ語の通訳さんが「ギリシャ語やラテン語は勘弁して!」と最初に断っていた。僕は、なぜ、そんなことを言うの?と不思議だったが、通訳さん曰わく、「彼らドイツ人のエリートは、最初に断っておかないと、ギリシャ神話やラテン語をどんどん引用して論理を組み立てるので、こちらがその意味を理解していないとさっぱり言いたいことが分からなくなってしまう」とのことだった。例えば、日本でも「判官びいき」なんていう言葉があるけど、これは「源義経」の話を知らなければ本当のこの言葉の意味って分からないと思う。

 とにかく、ドイツではギリシャ神話やギリシャ悲劇を自らの文化の源泉であると捉えているのは確かだ。ワーグナーは北欧神話からリングの題材をとっているが、その北欧神話も内容を見ればギリシャ神話から影響を受け成立したことは間違いない。

 さて、ギリシャ神話については、たくさんの本が出ているが、その中でもこの里中版、とびきりすぐれている。なんと言っても、絵がいい!狩りの女神であるアルテミスはかわいいし、大神のゼウス(北欧神話におけるヴォータン)は、本当にイメージどおり!こうしたキャラクターの描き分けを基本にして、込み入ったギリシャ神話をやさしく、そして時に残酷に描いてくれる。必見。

☆☆☆

※☆印は単純な評価です。「ワグネリアンであれば絶対に読むべき」が☆☆☆、「普通の音楽好きにもお薦め」が☆☆、「暇があれば読んでみれば」が☆です。おもしろくないものには×を付ける予定です。

※評者はDがForte111、Oがオデュッセウスを意味します。