《Lieblingsmusik〜お気に入りの音楽作品》

 

Musikessay 心に残る音楽作品

                                

   

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[第3回]「バルトーク」〜凝縮された小さな世界

  20世紀最高の作曲家とも評されるハンガリーの生んだ天才バルトーク・ベラ。しかし、彼に対するそういった評価は決して一般の音楽ファンからものではなく、むしろ音楽の専門家たち、主に一部の作曲家、音楽評論家そして演奏家たちから与えられているものです。むしろ専門家からの評価の高さに比べて支持する一般の音楽愛好者の少なさに関しては大作曲家中もしかするとバルトークが随一かも知れません。 パリ・シャトレ座における青髭公の城公演時

 それはなぜでしょうか。少なくとも、作曲技法の難解さ、多彩な和声が導き出す不安感、そして放射する強烈なリズムといった彼の音楽の特徴は、聴衆に決して無関心ではいさせない、言うなれば好きか嫌いかを極めてはっきり選択させる音楽だということは確かでしょう。

 でも、こうした特徴はどこかで聞いたことのある評価ではないでしょうか。それはあたかもベートーヴェンの音楽の特徴を捉えたもののようです。ストイックで妥協を許さなかった生き方、そしてナチスドイツに対する態度も含めてバルトークは、”現代のベートーヴェン”とも評されることがあります。しかし、彼の音楽におけるこれらの特徴は音楽を娯楽的に楽しむのには決してプラスの特徴とは言えないでしょう。事実、私も「管弦楽のための協奏曲」や「中国の不思議な役人」等一般的に演奏される彼の有名な管弦楽作品だけを聴いていた時期はバルトークというと顔をしかめる側の人間でした。

 そんな私がバルトーク評価を変え始めたきっかけは、今から15年程前、フルートのレッスンを受けている際「2つのヴァイオリンの為の44の二重奏曲(Sz98)」のフルート版を演奏したことです。近代的な和声感を背後に持ちつつ、実は非常に人なつっこい楽想に、新鮮で意外な驚きを感じたことです。それ以来「子供のために」「ミクロコスモス」といったピアノ作品を自らの楽しみのために演奏をするようになり、懐かしいメロディーや神秘的な雰囲気の背後に隠された知的な計算に気付くようになってからはバルトークにますますのめり込みました。

 残念ながら、私の力では、とてもバルトークについて作曲学的な分析をすることはできません。でも、もしこの文章をきっかけにバルトークを聴いてみようと思う音楽愛好者が一人でもいれば本望、というささやかな目標を持ちつつ、既に有名な作品−弦楽四重奏曲や管弦楽曲−ではなく、優れたピアニストでもあった彼の多彩なピアノ曲の中から私が特に愛聴する曲を彼が辿った作曲の変遷に従いながら一言づつ書いてみようと思います

 

■新ウィーン楽派との接点「14のバガテル(1908,Sz38)」

 バルトークの作品様式は年代によって様々な変遷を辿っていったことが知られていますが、この曲は14の小品の中に無調的、野蛮的、形式主義的、諧謔的そして民俗音楽的といったバルトークがその後辿る様々な顔が勢揃いしており実に面白い作品です。無調的な音楽から突然民俗音楽的に変わってしまう第4曲を初めとして目まぐるしく変わっていく音楽に知的ゲームに参加しているような新鮮な楽しみに満ちています。また、この曲はバルトーク初期の作品のみならず、シェーンベルクやドビュッシーの代表作よりも先に書かれたという事実も記憶しておくべきでしょう。バルトークもこの作品にはよほど自信があったらしく、弦楽四重奏曲第1番と並んで納得のいく初めての作品であると後年語っています。演奏は、新ウィーン楽派的妖艶さを持ったコチシュのものと民俗音楽的な部分が実に説得力のあるシャーンドルのものおのおの甲乙付け難い見事なできです。

 

■農民から子供へ「子供のために(1908/9,Sz42)」

 バルトーク嫌いの人に是非接して欲しいのが79曲から成るこの曲集です。この曲集は、バルトークにとって、生涯をかけて行った民俗音楽収集の成果であるのと同時に、音楽を通じて農民と子供を結び合わせることができる最も大切な作品です。作品は4集から成り、最初の2集はハンガリー民謡、後半の2集はスロヴァキア民謡に基づいています。バルトーク独特の近代的な和声により包まれることにより、親しみやすい民謡の旋律の素朴さがより浮き立つという独特の魅力を持っています。題名どおり子供でも弾くことができるクラスの難易度であるので、ある程度ピアノが弾ける人であればこの曲集を楽しむことが可能でしょう(残念ながら筆者には荷が重い曲がかなりあるのですが…)。ただし、バルトーク自身がよくコンサートでこの曲集から抜粋して弾いていたことや音楽院でこの曲集をレッスンしていたこと等から、実はこの曲は”大人のための”の曲集でもあることが分かります。事実、部分的に録音されている自作自演からは、決して子供には表現できない複雑な感情表現を聴くことができます。  全曲のディスクは、遅目のテンポでじっくり歌いあげていくダイナミックなコチシュ盤と早めのテンポでバルトーク直伝のこぶしのきいた解釈を聴かせるシャーンドル盤。

 

■”野蛮な音楽家”「アレグロ・バルバロ(1911,Sz49)」

 この曲は、多くの人がバルトークに対して抱いている”荒々しいバルトーク”のイメージを代表する作品です。パリの新聞に「ハンガリーの野蛮人バルトークとコダーイ」と評されたのに当てつけて3分足らずのこの急速な小品に”アレグロ・バルバロ(野蛮なアレグロ)”と名付け、発表した彼の気概が凄い!そのリズムと推進力の強烈さがストラヴィンスキーを初めとする当時の音楽の流行と相まって大変な人気を呼んだのだといいます。確かにこの曲の面白さは現代に生きる我々が聴いても抜群。野蛮人が打ち鳴らす打楽器のようなリズムと切れのある鮮烈な旋律がなんと言ってもこの曲の魅力!アメリカ亡命時代の友人であるA.ファセットが書いた有名な伝記「バルトーク晩年の悲劇」(みすず書房)の中でバルトークがファセットのためにこの曲を弾くシーンが感動的に 描かれています。

 「バルトークが家全体をリズムの炎と化し、その日のありとあらゆる興奮と緊張を燃焼しつくしてしまうような火でピアノに生命を与えると、この区別は私の心に留まりえなかった。自らの曲を弾くバルトークは、彼がその中で生き、そのために生きている絶対価値の提示であった。」

 残された自作自演のCDを聴いても、部屋全体がリズムと化したとされるその伝説的な情景を想像することが十分可能です。ただ、良好な音で聴きたければシャーンドルの最新盤が良いでしょう。

 

■”小さな宇宙”「ミクロコスモス(1938,Sz107)」

 ピアノ練習用教材としても知られますが、むしろバルトークの音楽(作曲技法)の全ての要素が集約、完成されている点においてバルトーク屈指の名作と位置づけられます。題名の「ミクロコスモス」という言葉には様々な意味が込められているようですが、弾いてみるとスケールの大きな世界が小品の中に込められているという感覚が実によく理解できます。  全6巻中、中間的な性格を持つ4巻を中心にして1〜3巻はピアノ教材としての性格を持ち、5、6巻は演奏会用ピースとしての性格を持っています。あくまでも印象ですが、バイエルやチェルニーが古典派の音楽(最終的な目標はベートーヴェンか?)を演奏するための訓練を重視しているように見えるのと対照的に、ミクロコスモスは、多くのバッハに関する注が書かれていること(第79番はまさしくバッハに捧げられている!)やピアニストの藤井一興が「メシアンを弾くのにミクロコスモスを勉強することは欠かせない」と語っていることに代表されるように、ポリフォニックなバロック音楽や複雑なリズムと和声を持つ現代音楽を演奏するための訓練が中心になっているように思われます。ただし、誰でも弾ける平易な曲から始まり、より困難な課題に段階的に進めるよう実に論理的に構成されているのがさすが!  さらに唸らされるのが、前半の平易な作品についても実にバルトークの個性がぎっしり詰まった見事な作品であるということです。筆者のようにあまりピアノを弾けない者にとってはこれが実に有り難い。例えば2巻はバイエル終了程度でも弾くことが可能と思いますが、この巻に含まれる神秘的な雰囲気を持つ58番「オリエンタルスタイル」や不安定で不気味な63番「バッジング」等を弾いているとあたかもバルトークを代表する難曲、傑作を弾いているような錯覚と満足を得ることができます。4巻くらいを弾ける人は幸運です。4巻くらいになれば、本当にバルトークの個性が詰まった名作が登場してくるからです。

 この稿を読んでミクロコスモスに興味を持たれた方には是非、ディスクで聴く前にまずピアノで弾いて頂きたいですね。あまり弾けない人には、まず、2巻の41、42番の2曲を弾くことにチャレンジしてみることをお薦めします。両者ともゆったりとした平易な曲なので、多少練習すればそれなりに弾くことができるようになります。いずれもミクロコスモスという名にふさわしい広大な世界を感じさせる前半の佳品です。私はこれらの曲を演奏する際、41番は水中から水上を覗いている水中生物の歌を、42番は太陽の周りを公転する惑星が発する音といったような壮大な世界を想像させられてしまいます。

いくつかのディスクがありますが、私にとってはやはりシャーンドルのモノラル盤が素晴らしいのです。  

 

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