History

天馬の会の歩み

2000年4月からPARCO毎日カルチャーシティ渋谷校で始まったアムラー先生・ボルドー先生による馬頭琴講座は、
その後も集まって練習会をつくり馬頭琴を練習し続けてまいりました。
思い起こせばいろいろな人たちがこの会に関わっています。
その歩みが少しでもわかるようにエピソードも含めてHP管理人Dの記憶をたどります。
(記憶故多少混乱があるかも知れません。その際はお知らせください。随時訂正UPします。)
写真は徐々に載せるつもりです。

2011年12月17日(土)
馬頭琴お茶会

コンサートのときに話すため、6月に会ったOさんと名取の情報をやり取りしていたときに、仮説住宅に移られた被災された方たちの心が閉ざされ、引きこもりになりつつある様子、そしてとにかく話しを聞きに来てください〜との声に、とにかく行こう!と決意。馬頭琴を弾くから来てね〜と呼びかけて、お菓子とお茶を用意してお話を聞く会を企画しました。名づけて馬頭琴お茶会。演奏して、一緒に歌って、話してもらって涙する。そんな会になりました。心に深い悲しみをもっているのに、明るく話してときどき涙して、それでも気遣う東北のおばあちゃんたち。なんと強い人たちなのだとかえって力をもらいました。「また来ていい?」に「いいよ」と答えてくれる。そしてありがとう。引き続き天馬の会では馬頭琴お茶会を行います。あ、よさそうと思った方がいましたら HPからメールください。一緒に考え一緒に話を聞きに行きましょう。

2011年11月
馬頭琴にできること アムラー先生のコンサート

震災後、何もかもが空ろで動かなかった気がします。そんな11月、アムラー先生が柏の友人の招待で来日することになりました。
モンゴルの有名な作曲家であるジャンツァンノロブ氏のコンサートが横浜で開かれ、日本にいる馬頭琴奏者が出演という豪華な顔ぶれのなか、アンコールに馬頭琴が弾ける日本人も20人ほど参加して「モンゴル・アヤルゴー」を演奏しました。天馬の会からダブルKさん、Sさん、MさんとDが参加しました。音が重なってとても心地よく楽しかったです。メンバーのそれぞれの心の中に止まっていた何かが動き出した瞬間でした。
7月にモンゴルの子どもたちが描いたメッセージの入った絵画展があり、そこで日本モンゴル親善協会のKさんに会いました。震災について語りあい、被災された方にこの絵画をみてもらいたい、という気持ちと名取市を支援したいという気持ちが重なっていつか形にしたいと思っていました。
馬頭琴にできることって何だろうと考えた結果、名取市に寄付しようとアムラー先生のチャリティーコンサートを企画し、子どもたちの絵と一緒に馬頭琴の音色を楽しんでいただきました。天馬の会のメンバーも各地で協力して、総額31,800円を震災で親をなくした子どもたちの奨学金口座に寄付することができました。

2011年3月11日(金)
忘れられない日。そして被災地の慰問

2011年3月11日14時46分。前代未聞の大震災が起きました。本当に本当にこの震災で亡くなられた方がたにはお悔やみを申し上げます。また被災された方がたには心よりお見舞いと、一日も早く心の平安を取り戻されますように。
ハワリンバヤルも中止になり余震のたびたび起こるなか、原発の問題も起こり不安な日々を送るなか、6月にアメリカよりアジャ・リンポチェ師がモンゴルに赴く途中に日本に寄ることになりました。そして東日本大震災の被災地に向けられたアメリカの学生たちや子どもたちからのメッセージを届けに被災地、ちょうど仙台空港の近く宮城県名取市に行きました。ここはモンゴルからの留学生を支援していた金襴の会のFさんたちが4月に招かれてモンゴルに行っています。新モンゴル高校校長先生のご紹介で、佐々木市長に面会して義援金を渡しました。それから漁港の朝市で有名な閖上(ゆりあげ)地域に行き、鉄筋が折れ曲がった漁場のコンクリートの柱で経を上げていただき、また慰霊の丘となっていた小高い丘でタルチョ(チベット仏教の経文の書いてある聖なる旗)を張り、慰霊の儀式をしてもらいました。その丘で馬頭琴を弾きました。馬頭琴は悪いものを退けるといういわれがあります。「亡くなられた方が慰められますように。」「早く復興しますように」その丘に捧げられた花や線香の傍らに書いてあったメッセージのようになりますように。

2010年10月
バトチョローン先生に習う!
モンゴル国立馬頭琴交響楽団の総指揮者であるバトチョローン先生が日本に研究のため大阪に一年滞在されることになりました。なんと天馬の会の練習を見てくださる!とおっしゃられる。アムラー先生ボルドー先生に連絡をして了解をえました。アムラー先生は「ちゃんと勉強してね。」と。ボルドー先生は特にバトチョローン先生が不在のときに学校の先生をするように言われたので代わりによく習うようにとのことでした。光栄なことすぎて恐縮です。中野のスタジオは小さいので深谷のいつもの場所で練習しました。3回見てもらったなか基礎練習からリズム練習、弾ける曲を見てもらうなど盛りだくさんの内容でした。最後全員で弾いた「モンゴル・アヤルゴー」も見てもらい、私たちは満足。いつかどこかでみんなで弾いてみたいねっ!とまた夢を語りあうのでした。若きイケメンでギター弾きのMも初参加。ホーミーを習っているので基本を習いたいとUさんも初参加。どうぞよろしくお願いします。
東大駒場キャンパスで行っている公開講座の担当教員と知り合いだったのでモンゴルの紹介を高校生や一般の人にしてもらえないかと依頼されたので、2月に駐日モンゴル国特命全権大使ジグジト大使にモンゴル紹介、馬頭琴の演奏をバトチョローン先生という豪華で贅沢な講師陣で行われました。大使の豊かな日本語で語られる深いモンゴルの話、民族楽器を超えた馬頭琴の素晴らしい音色に、受講者をはじめ東大の教員や小学館の雑誌記者まで、モンゴルのイメージが変わった〜!!と感激と新たな感動を覚えた様子でした。モンゴルの底力を見たかぁ(^^)v
2010年5月
ダライ・ラマ法王レセプション

アメリカ・インディアナにあるクンブン寺。アジャ・リンポチェ師はダライラマ法王によるレクチャーを企画。関連イベントに、アムラー先生とD&友人が参加しました。はじめて法王がクンブン寺に入るその儀式にウェルカム演奏として馬頭琴を演奏しました。もう〜〜どきどき。記憶にありません。他、ファーマーズ・フェスティバルやランチやディナーでの演奏、レクチャーが行われたインディアナ大学・大ホールで行われたコンサートではチベットやカルムイク、中国から来た仲間たちがそれぞれの民族音楽を演奏し、私たちは馬頭琴を演奏しました。Good Job!とても楽しく、いろいろと学び、とても貴重な経験をさせていただきました。牛に引かれて善光寺ならぬ、馬に引かれてクンブン寺。馬の縁は奥深いのです。

2010年5月2日(日)
ハワリンバヤル2010!

今年もやってきましたハワリンバヤル。天馬の会では、モンゴルの式に準じてオープニングは、オルティンドーと馬頭琴演奏からはじめました。アムラー先生が来日しているので、その辺の指導は安心。プロの演奏家なのに一緒に演奏できたのがとてもメンバーにとっては嬉しかったのでした。琴の演奏の中西史子さんを迎え、しっとりとした琴の音色はひときわ彩りを添えてくれました。そして留学生のボルドマーさん、エンフゾルさん、急遽出ることになったテムカさん、ザヤさんも一緒に練習をなんとか直前まで重ねて、心配もどこへやら、なんとかりっぱに演奏しきりました。さすがモンゴル人とそしてモンゴル通の日本人、土壇場に強いというか、本番はやってのけるというか、底力があるというか。。アムラー先生も安心してくれました。また今回も「十五夜〜荒城の月」「ふるさと」「天馬」を皆で弾きました。普段の練習の大切さは実感したと思います。お客さんから「荒城の月」を弾いてくれてありがとうと感謝のおことばもいただきました。あとこの時期にいつもきて下さり「また会えたね〜」なんて声をかけてくださるのも嬉しいです。演奏の様子はYou Tubeでハワリンバヤルで検索すると出てきますのでチェックしてみてくださいね。

2010年1月〜
今年はいろいろ

新年あけましておめでとうございます。
今年のハワリンバヤルでは、新たに「モンゴル・アヤルゴー」を弾こうとがんばって練習しています。新たに会員M上さんも増え、その縁がありステップ国際理解の柏村先生とガンチメグさんと一緒に2月は馬頭琴をかかえて横浜の小学校めぐりをしました。深谷の幼稚園などもスーホの白い馬の読み聞かせ活動、他にも茅ヶ崎や東京の小学校でも馬頭琴の紹介をしています。
少しでもひろがっていければいいなぁと、仕事をそこそこにがんばっております。

2009年9月13日(日)
深谷練習会誕生

中野を中心に練習会を開いていたのですが、このたび埼玉北部地区にお住まいの方が増え、またいつも先生たちのコンサートを企画しているメンバーが新たに会員になったため、新しく深谷のふれあい館で練習会を月1回開くことにしました。深谷を拠点にまた広まるといいと思います。お近くの方はぜひTOPページのお問い合わせ先に連絡くださいね。

2009年5月4日(月)
ハワリンバヤル!

毎年恒例の練馬区・光が丘で行われるハワリンバヤルで、ステージにでました。天馬の会からKさんもステージ係も担当し、忙しかったのですが、三味線の菊水会の工藤先生も協力してもらい、また留学生のツェレン、ボルドマー、テグシェー、ウンドラル、みんなで「天馬」「荒城の月」「ふるさと」を弾きました。日本の歌を弾くとお年寄りのみなさんが喜んでいるのが、ステージの上からでもわかりました。ちょっと緊張してゆっくりな「荒城の月」になってしまったけれど。。2日めはホーミーのダルハチンさんが来ていたので、急遽出場。「ふるさと」をホーミーで演奏してもらいました。この次もまたよろしく。今度は少し長くお願いします。Dは日ごろJanMeiさん(B.B.クィーンズ、Mikeの元メンバー)のライブサポートをしており、今回彼女も出演していただき、「ミニー・エージ」とオリジナル曲「道草のりんご」を歌ってもらいました。のびやかな声の彼女がミニー・エージを歌うと、モンゴル人の皆さんが一緒に歌ってくれて、Dはステージ上で感動しました。ちなみに馬頭琴と一緒に歌っている「道草のりんご」はMusic Tree の6月のUSEN賞をいただきました。

2008年9月
アメリカで演奏
チベット仏教のラマであるアジャー・リンボチェの誕生日を祝うため、アメリカのブルーミントンまで行って来ました。アジャー・リンボチェはさすがとても徳のある方でそこにいるだけであたたかい気持ちになるような方です。キリスト教神父さまのベネディクト神父とも交流があり、心の友とお互いに呼び合うほどです。神父様も誕生日を祝い、私たちは馬頭琴を演奏しました。その他シカゴでその寺院のための寄付パーティで演奏。かの有名な歌手サラントヤも来ていて、なんと私たちはビートルズのコンサートで演奏したドリフターズのように(?)「天馬」と「ふるさと」を演奏したのでした。在米モンゴル人たちはここでも明るく、まるでモンゴルにいるみたい。私たちを温かく迎えいれてくれて本当に楽しかったです。帰国前日、ベネディクト神父様の命により、馬頭琴レクチャーをすることになり、1時間ほどコンサートをすることになりました。皆とにかく緊張!!逃げられないし、風邪もひけないし。そのときにあの寺院でお祈りしてもらった効果が表われ、無事に大役を終えることができました。サラン先生ありがとう!とても貴重な経験でした。
2008年7月1日(火)
アルハンガイへ

アムラー先生のいるアルハンガイ県のナーダムにいってきました。子どもたちの馬頭琴楽団アジナイはすごい!血というかDNAというか。。。素晴らしい音でした。コンサート会場で一緒にモンゴルアヤルゴーが弾けたのは感動ものです。ジャージャカができない人にとても親切に教えてくれた子どもたち。ステキでした。ますます馬頭琴を誇りに思って未来を担っていってもらいたいです。アムラー先生も元気でしたよ。劇場のすべてを任されていて責任重大でした。でもまた皆に会いたいといっていました。また行くからね〜

2008年5月1日(木)
ハワリンバヤル2008

今年もやってまいりました、ハワリンバヤルのステージです。日モ友好コラボということで、毎度おなじみですが、それでも参加すれば楽し。津軽三味線の工藤先生一派も一緒に演奏してくれました。会からは新しくエツコさん、横浜のKさん、Sさん、助っ人で孤高の馬頭琴奏者Oさんも参加しました。留学生のボルちゃんは琴から馬頭琴でなんと天馬のメロディを弾き、他にも新たにデルメさん、ツェレンさんはジャージャカ部隊で活躍。みんなやる気のある人が、ステージで演奏したい一心で一生懸命練習した結果、成功したと思います。いつも写真を撮ってくださるお客さんから「また今年も会えたね!楽しみにしているよ」と声をかけてくださったり、先輩のモンゴル人が「だんだんみんなまとまってきているよ。感動したよぉ」なんて言ってくれたりすると、ますますノってしまいました。皆様にありがとう!

2007年夏
活動の輪がひろがる
馬を背負ってどこへでも行って弾くというのが信条です。そのせいか縁あってDは島根にお住まいの坪田さんという人に出会いました。モンゴルの環境を今守らないといけない!環境アドバイザーでもある彼のドキュメンタリーを作るためモンゴル取材に同行。ゴビ砂漠の風のふく夜、馬頭琴を弾きました。彼の亡くなった娘さんがそばにいるようでした。現地ではボルドー先生をはじめ、モンゴルの友人たちが協力してくれました。本当にありがとう。その様子はテレビ朝日系『生きる×2』という番組(8月26日放映)になりました。いつか島根でイベントをやるときには天馬の会でも参加させていただきたいと思っています。
また出会いとは不思議。練馬区もみの樹老人ホームでお呼びがかかり、柏天馬の会も含めて総勢10名で馬頭琴をお年寄りの前で弾いてきました。リズムにのって手を振ったり、拍手をしていたりで楽しかったです。弾いている私たちのこころが豊かになりました。その様子はもみの樹練馬へ。いつでも呼んでください。会いに行きます。
2007年4月29、30日
ハワリンバヤル

今年もやってきましたハワリンバヤル。みなさんの日ごろの行いがいいせいか、青いお空のモンゴル日和。益々のにぎわいで、大盛況。今年も津軽三味線菊水会の工藤先生一門のみなさまと、また今年のゲストであるリンベ・ホーミーのダワーさんも一緒にオープニングセレモニーを担当しました。『天馬』『ふるさと』。このダワーさんユニクロのコマーシャルでホーミーをうなっていた人。イケメンでした。ネットのニュースで琴を弾いたボルドマーさんとチュカさんとDの女性3人組ユニットの写真が載っていました。

2006年7月11日(火)
大モンゴル建設800周年記念年 大ナーダム祭
管理人Dはナーダム(独立記念)祭は今まで行ったことがなかったので今年こそ行かねば〜と決心し、柏で一緒に勉強しているTさん、Mさんと3人で行きました。
ナーダム祭の開会式。全国から集まった800人(実際1000人位集まってしまったらしい)馬頭琴奏者、長唄歌手の大合唱からはじまるオープニングセレモニーはガイハムシクタイ!(素晴らしい!)の一言。国立歌舞団、トメンエフなどの民族音楽団やフィルハーモニーが一同演奏し、オペラ、映画、劇場あらゆる分野でチンギス・ハーンを讃えた物語が創られその主役や騎馬隊のパレードあり、群舞あり、ナーダムの開会式はその結集ともいうべき壮大なものとなりました。
チケットはなかったのでモンゴルでも禁止されているダフ屋で10倍の値段で購入したのも一つの思い出です。黙っていたんだけれど知り合いの弟君が日本語で話しかけるからバレてしまいました。日本人とわかった瞬間のダフ屋の残念そうな顔。。。
アムラー先生の教えたアルハンガイ県の子どもたちが全国子ども馬頭琴大会で優勝したそうで、子どもセンターで行われた表彰式に行ってきました。みんなうまい!素晴らしい!あのリズム感は、DNAのなせる業。お願いします、とにかく一度聞いてください。私たちに教えるときよりもアムラー先生はとーっても厳しかったです。もし天馬の会であの感じで教わったら、みんなひいちゃうかもしれないなぁ。子どもたちに先生ってどんな先生?って聞いたら、素晴らしい先生です、大好きです、だって。えらい、さすがです。いつか天馬の会のメンバーも肩を並べて弾けるといいなぁ。それには練習だわっ。
2006年5月3、4日
ハワリンバヤル2006
1206年にチンギス・ハーンが大会議により大ハーンに選出され、大モンゴルの歴史がそこからはじまりました。2006年は800周年にあたる年、日本におけるモンゴル年で、モンゴルでは大騒ぎらしい。日本でもハワリンバヤルを盛り上げようと、外務省をはじめ、かなり力を入れている雰囲気。いつもはステージに出ていただけでしたが、今年は裏方も手伝おうとスタッフになりました。留学生の方からオープニングセレモニーは、日本の三味線も一緒に弾いてほしいという要望が出たので、以前名刺をもらっていた菊水会の工藤先生に頼むとすぐさまOKのお返事。いさましい津軽三味線の吹雪く白をイメージする「キュウブシ」から、モンゴルの青い空に白い雲、天かける白い馬を創造する「天馬」に移行するように編曲しました。日本とモンゴルの友好の徴として。演奏も内モンゴルのハスローさん、ウランバートルのバトオチルさんも一緒に弾いてもらえて、まさに800周年を祝うオープニングにふさわしいセレクトになりました。
2006年12月
大使館祭り
サランツェツェグ先生の東京モンゴリアンアカデミーの大使館祭りが今年もあり、アムラー先生がゲストで登場しました。なので天馬の会のメンバーも一緒に参加することになり、アムラー先生の指導のもと、『天馬』に続き初お披露目の『モンゴル・アヤルゴー』を演奏しました。それに感動した?Kさんが入会されました。やはり大人数で弾くのはとても楽しいし、パワフルな音色になるのですね。
それにしてもサラン先生はアメリカに留学されるとか。来年ないのは寂しいです。また帰ってきてね。
たまたま友人に誘われてこの姿をご覧になったのが横浜にお住まいのKさんです。忙しい彼女は1年の時を経て練習会に登場するのでした。
2005年10月〜
アムラー先生の娘さんを助けよう

アムラー先生の娘さんは心臓が悪かったのです。モンゴルで小児心臓カテーテル治療の活動をしている島根県の小児科医羽根田紀幸先生と出会い、検査をしてもらっていましたが、いよいよ手術の必要にせまられたのです。モンゴルではその手術は危険すぎるため、日本でおこなうことになりました。手術費用をかせぐため、アジナイホールの協力も得て、コンサート資金の一部を寄付してもらうため天馬の会でも一丸となってチャリティーコンサートを企画しました。心臓支援の第1号であるタミルちゃんは多くの人の気持ちにこたえて無事にもう心配のないくらいに回復しました。モンゴルの心臓病の子どもを支援する会を発足し、今後も寄付活動を続けていきます。

2005年6月5日(日)
アジナイホールと懇親会

練習を終えて、先生たちとの懇親会を中野で行いました。アジナイホールのメンバーも集まってくださり、マンライさんは店にあったピアノで故・河島英五さんの詩に曲をつけた『心の海』を歌ってくださいました。すてきですなぁ。オルティンドー歌手のオトゴンさんからは、「馬頭琴をうまく弾けるようになって一緒に歌いましょう」と励ましのお言葉をいただきました。いつになるのかな〜がんばろうっと。
HPをご覧になって新しくたなしんさんが入会されました。モンゴルにいらしたときに習っていたそうで、すでに『アヤルゴー』習得済み、『天馬』に挑戦です。
今回3週間(地方公演も含め)という短い滞在期間でしたが、5回の特別練習会ももつことができました。新曲も早くマスターしてみんなで弾けるようになりたいですね。

2005年4月29日(金)〜30日(土)
ハワリンバヤル(モンゴルの春祭り)2005@練馬・光が丘

昨年に引き続き、ハワリンバヤルにて日本人による馬頭琴の演奏ということで、天馬の会が出演させていただきました。29日、30日の両日暑いくらいの天気にも恵まれ、無事3回の演奏を終えました。ハワリンバヤルはモンゴルからの留学生会と日本人サポーターが実行委員会が行っているのですが、チームワークがよく並々ならぬ情熱を感じました。ピアノも貸してくださり感謝です。
参加者はヴォルさん、ガナさん、チュカさん、童子さん、YUNさん、だぎーん。『モンゴル民謡メドレー』『乳絞りの娘』『アヤルゴー』『天馬』をピアノと一緒に弾きました。ピアニストは見事なタッチの我らがサナーさん。『天馬』を初めてピアノと合わせてみましたが、これがなかなかいいです。まるでUBのコンサートホールで演奏されているような(?)「天馬」の雰囲気になりました。。もうちょっと練習が必要ですけど。。。女性たちはチュカさんデザインの衣装を急遽揃え、なかには「昔の(×3)」の豊かなモンゴル女性のようだと褒められた!?人もいましたよ。
最終日ダルハンチンさんが飛び入り参加、『アヤルゴー』にホーミーを入れてもらいました。出の1分前に決定したけれど結果オーライ、モンゴルの遊牧生活を彷彿とさせてな〜んかいい感じでした。
モンゴル国トメンエフ楽団の馬頭琴&ホーミー奏者トーフシンバヤル氏が「大勢で馬頭琴を弾くのはとても美しい」と褒めてくださいました。

2004年12月18日(土)
大使館で弾く

東京モンゴリアン・アカデミーのパーティがあり、チュカさん、ガナさんに誘ってくださり、童子さんと私の4人でオープニングを務めてきました。主催者のサランツェツェグ先生に感謝です。昨年は「天馬」だけだったのですが、今回は『モンゴル民謡メドレー』と『天馬』。バットジャルガルモンゴル国特命全権大使がお見えで、演奏のあとお褒めの言葉をいただきました。で、記念写真。嬉しいですね〜〜!これからもっともっと練習して、うまく弾けるように、そしてレパートリーを、と心新たにするのでした。

2004年11月14日(日)
防衛大学校で弾く

防衛大学校にモンゴルからの留学生がいて、モンゴルの展示をするというのでチュカさんと一緒に馬頭琴の演奏協力をしました。ゲルの傍らでただ弾いていたのですが、興味を持ってくださったお客さまが意外に多くて、調子に乗って簡単なレクチャーなぞしたりして。とても楽しかったです。来年もぜひお願いします。
21日の練習会に見学をしにOさんがお見えになり、入会されました。

2004年10月11日(月)
久しぶりの練習会

3月に短期来日したときは、先生たちはお忙しく練習会が行われませんでしたが、今回もお忙しい中、見てもらうことができました。私の場合前回教わった曲をチェックしてもらい、ニュアンスのつけ方など徹底的に教わりました。日頃の練習をしっかりやっていないと、先生に見てもらう時にまた同じことを教わることになる、己の鈍さを認識。10月16日(土)ボルドー先生@中野多目的ホール。鏡を見ながらの練習はさながらガマの油ってとこか。10月20日(水)この日も「嵐」の練習会。電車が止まるかもしれないという中、皆さんよく集まりました。アムラー先生もよく来て下さいました。先生を車で送迎してくださったアジナイホールジャパンの人にも感謝。われらが師匠のコンサートがあればいつでも協力体制で行きたいと思っとります。ハイ。先生に見てもらうとやはり心にムチが入った気がして練習回数も多くなるんですね。
アジナイ病にかかったままです。。。先生達はとっくに帰国されたのに、私の心は先生達の音色に今もひたっています。出会って3年が過ぎましたが、何回聴いても涙。この魅力は一体何なのでしょう。不思議です。(J)
Aも アジナイ病でしょうか??天気も良かったので 公園でお馬と遊んでみました。「こぎつね」弾いたら 子供が 拍手してくれました。(A) from 天馬の会bbs

2004年10月9日(土)
嵐を呼ぶ男

この日は10年ぶりの関東上陸だけあって大嵐。鉄扉も強風で開いてしまうといった雨風の中、刻々と各方面の電車が止まっているという情報が流れる中、ロビーにはアジナイホール・ファンが集まっていました。これには普段クラシック専門のホールサイドもびっくりしたという。今回のアジナイホールは金大偉氏による映像とのコラボレーション。
う〜〜ん♪ 良かったですねえ♪ まだ余韻に浸っております。これだけの台風の中、帰りの電車が動くかどうかもものとせずにあれだけの人が集まったということ、それが、アジナイ魅力を物語っているように感じました。新曲、良かったですねえ。また、「大空の伝説」で、先生方が、ホーミーをはじめたのには、驚きでした。ボルドー先生のホーミーの高音部の美しさ!これまでホーミーの高音部は笛の音のように感じましたが、ボルドー先生のは、「歌」と感じました。アムラー先生のホーミーの低音の魅力は予想通り迫力あり。もっと聴きたかった。新曲や、ホーミーといった新しいものに挑戦している先生達に、またまた尊敬の念を深くしました。(J)
台風の中、集ったみなさんに 感謝です!いろんな思いが交差して 感激でした。映像と音楽と 胸を熱くして見ました。(A)from 天馬の会bbs

2004年9月27日(月)
先生たち来日

10月9日(土)すみだトリフォニーホールで行われるコンサートのためアジナイホールが来日。中央・最前列をキープ。またもやかぶりつきで聴きます。

2004年8月3日(火)
馬頭琴楽団を聴きに行く

モンゴル国から馬頭琴楽団が来日し、サントリーホールの大ホールでコンサートがありました。以前より私たちの先生たちと交流があり、天馬の会のことも一目置いてくださっているバトチョローン氏に表敬訪問の意もあり、またボルドー先生のお奨めでもあるコンサートだったので、最前列中央席チケットを5枚ほど入手、YUNさん、ガナさん、くじらさん、ダリア比嘉さんとまんまえで聴きました。まじかで演奏を聴いてその迫力に圧倒され、馬頭琴コンサートはやはりかぶりつき、これからもそうしようと決心。指揮者バトチョローン氏の後姿に見とれていたのは一番のファンであるくじらさん、雨がふろうが槍がふろうが飛んできます。終演後楽屋挨拶に行きましたが、ゆっくり話す時間もなく写真だけ撮ってお見送りしました。
童子さんが天馬の会の印璽を彫ってくれました。合掌。

2004年6月
HP立ち上げ

悪戦苦闘した末、やっと立ち上げました。ふぅー。
天馬の会としての趣旨や活動体制をきちんと公開し、先生たちのご指導の下、モンゴル国の馬頭琴(モリンホール)の楽しさを味わい楽曲の数々を拡く知ってもらえるように活動していきます。

2004年5月1日(日)
ハワリンバヤル(モンゴルの祭り)で演奏する

光が丘で行われる恒例の春祭り。発表会を見に来てくれた実行委員会の人から声がかかり、あははさん、チュカさん、ヴォルさん、オーギさん、だぎーんが参加し、モンゴル人ピアニスト・サナーさんに伴奏してもらいました。曲は『十五夜・テント・アヤルゴー』(まるで3部作のよう。)と『天馬』。いろいろ反省点はありますが、空の下で弾くって気持ちいいですね。あとモンゴルの人が大勢来ていてほめてくれた人もいました。幕内力士の朝赤龍関は馬頭琴が大好きだそうで、「意外にうまかったっすね〜」とびっくりしてほめてくれたそうな・・・そろそろレパートリーも増やさないといけませんね。今度先生が来日したときにはお願いしてみましょう。

2004年4月18日(木)
音羽生涯学習館での練習会はやめることになりました

今まで2年間文京区に団体登録し、月2回音羽生涯学習館で活動をしてきましたが、文京区登録時の代表者である木の葉さんが会を辞めるにあたり、文京区には来年度登録しないと総会で決定されました。よって会の組織を改めて考えると共に、新しくHPをたちあげ、新天地を開拓しつつ練習会を続けていくことになりました。活動は今までとさほど大きな違いはないのですが、これからも天馬の会はアマルトヴシン先生とボルドーバータル先生のものであるので、彼らを師匠として馬頭琴(モリンホール)を習いそしてその奥深さを知るべく、また弾く楽しみを分かち合うべく、いずれは人前に出て曲を演奏できるようになろうと、地道に練習会の運営していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

2004年3月
先生たち短期間の来日

大鼓奏者の大倉庄之助さんと一緒に、先生たちとマンライさんのアジナイホールはヨルダンに演奏しに行く予定で日本に寄りましたが、情勢が悪化して急遽、キャンセルとなりました。2週間の滞在で、方々駆け回りプレゼンの毎日の先生たちでした。アジナイホールはいろいろな人といろんなところでコラボレすることになったのですね。当然今回は練習会はお預け。今度の来日には絶対教えると約束してお帰りになりました。

2004年3月14日(日)
地球村のつどい

文京区に登録している団体ということで、区の主催による国際協力祭りに参加することになり、木の葉さん、みついさん、あははさん、ひげさん、ヴォルさん、YUNさん、だぎーんで『十五夜』『テント』『乳絞りの娘』『アヤルゴー』『天馬』を弾き、木の葉さんとひげさんによる内モンゴルの馬頭琴で「スーホーの白い馬」の語りをやりました。
舞台にあがるたびにそれぞれ異なった体験をします。そのときそのときの緊張感がうまく働いてくれるといいんだけれど、そうもいかないこともある。思いがけないことが起きたりしますが、それも経験のうち、舞台の不思議さですよねぇ・・・やみつきになるのもわかる気がする。

2004年2月28日(土)
第2回天馬の会発表会@音羽生涯学習館
第1部は先生から習った曲を順番に弾く。第2部はそれぞれ他の楽器と合わせたり、編曲したものを演奏しました。初心者の人もなるべく舞台に上がって経験できるよう、今回も練習風景としてボーイング練習も見せました。発表会に向けてのラストスパートはえつ子さんがすごかったですね!りっぱに十五夜を弾きました。今回UB(ウランバートル)から来日して日本語の勉強をされているピアニスト・サナーさんに頼んで第1部の練習曲の伴奏をしてもらいました。やわらかなタッチのサナーさんから課題曲のニュアンスなどもいろいろと教えていただきとても勉強になりました。ピアノと一緒に弾くって本当に楽しいし、曲の雰囲気が一人で弾いているときとではまた違います。勉強でお忙しいのに本当に感謝です。これからもよろしくお願いしまーす。
2003年10月26日(日)
北新宿のマンションホールにてアジナイホールコンサートを開く

いつも練習場所として借りているところで、アジナイホールの音楽を写真家・宇佐美博幸氏によるモンゴルの映像と共にお送りするコンサートを企画していただきました。いつも場所を提供してくださるえみさんのおかげです。当然天馬の会有志がお手伝いをしました。モンゴルのドーナッツ(ボールツォグ)と乳茶(スーティー茶)をソヨルマーさん、ひしげさんに来ていただき指導してもらいながら、みんなで作りお客様に提供。朝日部屋のお相撲さんの大磐石と大恩児が聴きに来てくれました。
聴くたびに先生たちの『優駿』は速さを増しています。速いのにピタリとあっているのが気持ちいいくらいです。いつになったらこれくらいまで弾けるようになるのだろうか・・・新曲『風神』のときの左手指はなにか別の生き物みたいでした・・

今回の特別練習会では、のべ15回ほど集中講義で先生がたに見てもらうことができました。今度見てもらうまで牛のように反芻して解釈する時間が必要だわ。

2003年10月4日(土)
モンゴリアン・アカデミー@モンゴル大使館にて

モンゴリアン・アカデミーでモンゴル語を習っているチュカさん、オーギさん、ガナさんに誘われあははさんとだぎーんで大使館で行われたパーティに参加し「天馬」を演奏しました。
私は、きつけに乾杯のアルヒを飲んでしまって、真っ赤なお顔。約1ヶ月で仕上げた『天馬』。チュカさん、オーギさんの集中力は見事でした!ようやったわ。

2003年8月10日(日)
草原の音楽祭@テレルジ in Mongolia

モンゴルはテレルジでアジナイホールと尺八演奏者板井南桜山氏との演奏会が行われました。ちょうどその頃モンゴルにいた私は、見に行くことができました。草原での演奏会はモンゴルの風の吹くなか馬頭琴(モリンホール)の音がどこまでも拡がり、『蜃気楼』の曲と一緒に空に吸い込まれていくようでした。絶対に忘れない。
その時アジナイの取材にきていたモンゴルTVの人と仲良くなり、ついでに取材してもらいました。弾いたのはもちろん『天馬』です。どのように放映されたのかは知らないのですが、いつかは天馬の会のみんなでモンゴルで天馬を弾きたいと思いました。馬頭琴合宿INモンゴルを本当に考えませんか?ちなみにそのTVの人は女優さんで、劇場版「おしん」の主役をやったそうです。

2003年5月8日(木)
ルーテル市ヶ谷センターでのコンサート

アジナイホール5人組によるはじめての東京コンサート。法隆寺音舞台が生で聴けました。
期を同じくしてボルドー先生の先生であるバトバヤル氏選によるアンソロジーができ即購入。先生たちの演奏曲でもあるおなじみの『天馬(ウーレンボル)』『優駿』も収録。楽譜がなくて手書きしていた頃が懐かしい!
あとは弾くだけだぞぉ〜・・・・・っと。

2003年2月
文京区音羽生涯学習館にて発表会
普段の練習の成果を見せる場をということで、また年間行事として区に登録していたこともあって発表会を企画。小学校でのコンサートのためにアムラー先生もあわせて来日してくだり、最後に模範演奏をしてくださいました。
普段の練習成果を見せるというコンセプトの発表会なので、練習風景としてボーイング練習もいれました。今まで習った曲を分けてそれぞれ順番に演奏。人前で演奏するという経験が大事なのです。また内モンゴル馬頭琴の万馬の会の人たちも参加して演奏してくださいました。

2002年9月20日
モンゴル音楽祭
日本・モンゴル外交樹立30周年記念イベントとして、モンゴル音楽祭が東京・メルパルクホールにて行われました。モンゴルから、オルティンドー歌手のノロヴバンザドさん、馬頭琴奏者バトチョローンさん、アリォナー、ノミンタルストなど人気もの勢ぞろいで、約5000席の3分の2はおそらくモンゴル人だったでしょう。われらが先生たちアジナイホールも出演。このとき先生たちの演奏で馬頭琴に魅せられたと言っていたのはチュカさん。バトオチル氏に習っていたみついさんにも会い、一人ではなかなか練習しないならばどうぞ、と入会の勧め。
ついでに天馬の会のチラシも差し込んでおきました。そのチラシを見た三味線奏者のYさんがその後入会、日本の伝統芸能も流派に厳しくモンゴルもそのしきたりは同じように厳しいのだ、というようなことを先生とお話されていたのが印象的でした。
2002年8月
アムラー先生の故郷へ
アムラー先生の故郷アルハンガイ県に行こうと計画。早くから計画をと思ったものの肝心のアムラー先生はアメリカ滞在中で8月の状況もわからず、やっと話がついた頃には夏の観光シーズン真っ只中でチケットがキャンセル待ち状態。つてのつてを頼って木の葉さんとあははさんの分とようやく3枚。一緒に行こうとしていたのに日程が会わなかったこけしちゃん、ごめんなさい。
珍道中で面白かった。お世話になった皆様ありがとうございます。カラコルムやブガッド谷で弾くMy馬。モンゴルでは音が違う。日本じゃ嵐は男が呼ぶけれどモンゴルじゃ馬が雨を呼ぶ。今度またみんなでモンゴルに行って奉納演奏しよう。
先生たちの馬頭琴を作ったエンフジャルガル氏に会い、馬の健康診断をしてもらいました。製作者がメンテをするとやはり馬も元気になります。関係ないけどアムラー先生とこのヤクのミルクは最高です。
2002年7月16日(火)
奈良・法隆寺音舞台

あの聖徳太子で有名な奈良は法隆寺にて、アジナイホールが演奏することになった。競演は東儀英樹さんやホセ・カレーラス。先生たちは「カレーライス」と覚えていました。8月の放映でアジナイホールファンになった人は少なくないはずです。その熱烈な一人は、ヴォルさん。
アムラー先生は、6月に開催されたスミソニアンでのヨー・ヨー・マによるシルクロード・プロジェクトに参加後の来日。パウウェル国務長官の前で演奏したそうだ。でもその時の写真がないらしい。んー残念ねぇ。

2002年5月13日(月)
下北沢アレイホールでのコンサート

練習の後いつもいつか先生たちのコンサートをしたいね〜と話していました。思い立ったが吉日。先生たちお二人によるコンサートをしよう!天馬の会メンバー有志が集まり準備期間なんと3週間で開催。30名ほどの見込みが80名ほどのお客様が来てくださり、メンバーの人脈とフットワークのよさに感激。ゲルにいるような雰囲気で、1部は生音、2部はシンセサイザーを使っての選曲でプログラムを作り、チラシやチケットの作成、受付も司会も自分たちで行う、まさに手作りのコンサートでした。先生たちもとても喜んでくださったみたい。
休憩時間の終わりに、私たち天馬の会のメンバーによる演奏をご披露しました。曲は『十五夜』『サンジャーの練習曲』。ご覧になった方から「皆様とても初々しい」との心温かい感想をいただいたのを想い出します。「準備の時の弟子を見守る二人の真剣なまなざしが忘れられなかった」とは宇佐美氏の後日談です。いろいろ事前の調整が大変だっただけに、その夜は飲んだねぇー。

でも人前で演奏することを経験したおかげで、その後いろいろなところで演奏する人も増えてきました。
そのときの参加者は、あははさん、あややさん、コーヒー君、こけしさん、木の葉さん、しながわさん、じゃじゃさん、どまさん、だぎーん。お手伝いしてくださったのはえみさん、ガナさん、ゆりさん。

2002年4月
文京区登録

かねてより公共的な練習場所を、と考えていたところ、文京区在住の木の葉さんのお取り計らいで文京区に団体登録し、定期的に練習することができるようになりました。広くてきれいですてきなスペースです。
その後組織的にも区の取り決めに準拠した形で運営することになります。

2002年1月12日(土)
ボルドー先生&アムラー先生

MMCで、ボルドー先生による馬頭琴講座が開講しました。新しくガナさん、ゆりさん、たきざわさん、ふじわらさん、やまださんが参加されました。ところが、途中どうしても帰らなくてはならない事情が発生し急遽帰国、日韓ワールドカップを控えていたその頃は、脱藩者対策でVISAがかなり厳しい状況にさらされるなか、ピンチヒッター、代講としてアムラー先生をアジナイホールジャパンの宇佐美氏に呼んでもらう。ナイスなチームワーク!でも本当にモンゴル国は近くて遠い国だと実感した。
教え子であるゲンさんがアムラー先生の来日を聞きつけ、元ちとせさんのアルバムで馬頭琴を弾くことになった。タイトル曲『ハイヌミカゼ』はゲンさん世界のひろがる曲だった。

2001年11月
レッスン風景その2

駒場でのレッスン風景です。教えるはボルドー先生。
右手前は、当時小学5年生だったコーヒー君。お母さんのじゃじゃさん顔負けの真剣な表情で熱心に練習していました。
また、ある日見学者も大勢見えて、お二人に模範演奏をしていただきました。
この頃練習場所の開拓のため、練習会は流浪の民。駒場やほづみんさんのつてで池袋の日本語学校の一室を借りたりしていました。あるとき北新宿にお住まいのえみさんがレッスンにこられて、場所を提供してくださるとのこと。そこは偶然にも以前使ったことのある場所だった。縁があるというか、世間は狭いのね。

2001年10月
北九州博覧際

先生たちの演奏を聞きに、また暇なときに教えてもらえるかも!?ということであははさんと二人で馬頭琴を持っておっかけしました。馬頭琴ケースが重くて思うように乗り換えできず、出発ぎりぎりセーフ!あははさんにはご心配かけましたね!もっと軽いケースが必要だと思いました。
あとか9月から練習会に参加しているじゃじゃさん親子もおっかけて来ました。ところが、先生たちのスケジュールがなかなかタイトでレッスンはほとんど無理。しかし先生たちアジナイホールの演奏を聴くたびに私たちは魅了され、すっかり刷り込まれてしまいました。
『Silence of Heart』を聴くと、その頃を思い出します。
ね、じゃじゃさん。

2001年9月
「天馬の会」誕生

アムラー先生、ボルドー先生たちの歓迎会を青山ベルコモンズのレストランでしました。その時に練習会の名前を何か考えようといったら、先生たちから、みんなが『天馬(ウーレンボル)』を弾けるくらい上手になるようにと、「天馬の会」という名前をいただきました。みんなでモンゴルに行って天馬を弾いたらすごいね!と。この願い、いつ実現するのかな・・・・。
MMCの1回講座で先生たちお二人の生演奏による馬頭琴講座を開きました。

2001年5月
マザー牧場にて

先生たちが連休中マザー牧場で演奏していると聞き、馬頭琴を持っておっかけしました。休み時間、青空の下、ゲルの前で私たちの演奏をご披露。
道行く人が興味深げに覗き込みますが、先生たちも目を覆いたくなるようなものでした。でも、とーっても気持ちよくて楽しかった!
いつかモンゴルの彼の地の青空の下で演奏したいなぁ・・・と参加していた誰もが思ったことでしょう。奥からこけしさん、ひげさん、あややさん、だぎーん、ボルドー先生、見ているのはアムラー先生とおおつかさん。撮ってくださったのはダリア比嘉さん。

2001年4月
レッスン風景その1

4月に先生たちのグループであるアジナイホールのコンサートが中野のハワリンバヤル、横浜みなとみらいホールで行われ、アムラー先生も来日。MMCでの最終日のレッスン風景です。MMCには新しくほたるさん、木の葉さん、どまさん、やまねこさん、かわせみさんが受講されました。
そして送別会。

2001年3月
ボルドー先生にはじめて会う

携帯電話が鳴った。「バイノー(もしもし)?」聞きなれない声、「ヘンベー(誰)?」「ボルドー バイン(ボルドーです)。」おー、アムラー先生の言っていたボルドー先生だ!しかしバリバリのモンゴル語だ。
なんとか使えるモンゴル語を駆使し、駒場に来ていただく。ダリア比嘉さん、ミュージシャンのゲンさんも駆けつけて、ちょっとした歓迎会であった。アムラー先生がクマだとしたら、ボルドー先生は赤ちゃんみたい!という誰かさんの評。
その後、PARCOのやまらーさんMMCのよしざわさんのお取り計らいで、MMCで短期講座を開講することになりました。

2000年12月
アムラー先生帰国!

ついに帰国の日がやってきました。「私たちはどうしたらいいのですか?」まるで置き去りにされた子どものように、不安な気持ちで聞く。「3月にボルドーが来るから、そのときに見てもらうように伝えておきます。それまでたくさん練習していてください。」日本語がひと夏で流暢になったアムラー先生のことばを信じて、仔馬たちは親馬が帰ってくるのを待つのみでした。

2000年9月
練習会をはじめよう

2000年4月から行われていた、PARCO毎日カルチャーシティ渋谷校(以下MMC)にて開講されていた、アムラー先生の馬頭琴講座が終了することになりました。
もともと知り合いのPARCOのおおやまらーさんが関わっていたこの講座、アムラー先生に習いたかった私は縁があって実現しただけあって思い入れも並々ならぬものでした。2クール(12回)が終了し『十五夜』、『テント』を軽く習った後、『天馬(ウーレンボル)』を習い始めたところでした。それもごくはじめの12小節ほど。当時楽譜はなく、まさに師匠からの口承伝授、慣れない手で楽譜を書いていました。「このまま、先生が帰ってしまっては、天馬が弾けないままだ!」と危機感を覚え、以前からの知り合いで同じ受講生だった沖縄出身・ダリア比嘉さんと二人で、大使館に近い駒場で教えてもらえないか、おそるおそる打診。以前直談判した時の記憶があったので、心配ではあったのですが・・・「いいですよ」と快いお返事!やった、最後まで教えてもらえる!

こうして駒場での馬頭琴練習会がはじまったのです。
そのとき一緒にカルチャーシティで習っていた人たちにも声をかけて、こけしさん、あややさん、ひげさん、あははさん、ともよさんたちがとっかえひっかえ練習しに集まっていました。