想い出のFISM 2000

FISM2000 LISBOA  /2000年7月3日〜8日 ポルトガル・リスボン


青い空と眩しい太陽の国、ポルトガル。20世紀最後のFISMに参加するため、私たちはこの国にやってきた。
FISM開催場となったのは首都リスボンから市電で30分程の港町ベレン。海と見まがうばかりの広大な川、テージョ川の岸辺にほど近いベレン文化センターで、6日間に及ぶマジックの祭典が開催された。

私にとっては初めての海外コンベンション参加、それも世界最大のコンベンションFISMである。成田で飛行機に乗り込む前から、緊張と興奮でもうわくわくしていた。


ベレン文化センター
会場  会場に到着してまず、その規模とロケーションに圧倒される。
眼前には青い水をたたえた広大なテージョ川が広がり、大航海時代を記念した巨大な「発見のモニュメント」が見え、開放的でスケールの大きな風景が広がっている。

会場の前にはFISMの旗と参加各国の旗がひるがえり、いかにも「国際会議」の雰囲気に嫌が応でも気分が盛り上がってくる。会場は2つのホールといくつもの会議場を持つ大きな建物で、中に入ると迷ってしまいそうなくらい広々としている(実際、初日は迷いました)。

外壁は淡いベージュ色の石造り。これはすべて石灰岩で出来ているらしい。
ガラショー、ステージコンテスト等が行われるメインホールはオペラ用のホールで、奥行きのあるステージと、1階に1000人程の客席、2-3階にBOX座席を持つ。
このホール、客席が広いくせにステージがとても見やすく、一番後ろの席から見てもそれほど遠さを感じない。こんな劇場が日本にもあったらいいなあ、と思うことしきりであった。


 会場で一つだけ困ったのは食事処。地下と1Fに軽食&バー、2Fにカフェがあったが、カフェの営業開始時間がお昼すぎからで、それも時間通り始まった試しがない。
そろそろ始まってもいいのに、と思って窓から覗いて見るとお店の人が自分達の食事をのんびりととっていて、それが終わらないと開店しないような具合。大変呑気な様子でこれもお国柄。
こちらものんびりと構えて待つことにする。

このスケールの大きな光景の中では、せかせかするのがもったいないような気持ちになる。焦らずのんびり。ポルトガルで過ごす第一歩だった。
会場前の万国旗



ステージコンテストにて
 今回、私にとっての最大の目的はステージコンテスト参加である。
昨年行われたマジックランド主催「マジックフレンドシップコンベンション」での優勝者として、TONさんに連れてきて頂いたのだ。

コンテストにかけた演技は「森の中」をイメージして作った花の手順。横浜FISMの時に演っていたカードとボールのマニュピレーション中心の演技に納得がいかなくなり、「もっとやりたいことを自由に表現しよう」と3年程前から今回の手順に取りかかった。

手順を作っていく上でポイントとしたのは、「自分の演じるキャラクタをつくる」「コンセプトを決め、それに沿って手順・道具を組む」そして「現象が本当に魔法のように見えるように構成する」こと。もちろん、最初からきちんと全部決めて取りかかったわけではなく、漠然とした「こんな風にやりたいなあ」というイメージからのスタートだった。

それまでのような気取った感じではなく、ふんわりした明るい感じのキャラクタを演じたい。舞台で使う色を限定して、自分の好きな色であるグリーンと白だけの世界を作りたい。深い森の中のイメージがいいなあ。こんな風に「やってみたいこと」を一つ一つ自分の中から拾い出していく作業はとても楽しいものだった。

その頃からマジック仲間同士で月に数回集まって稽古をするようになり、その中で皆の意見を聞きディスカッションすることでだんだんと先のような考えや手順が具体的になっていった。こうした「仲間」の存在はなくてはならないものだった。
また、ステージで演じさせて頂く機会が何度もあり、いろいろな方から有益なアドバイスが頂けたことも幸せなことだったと思う。

ようこそFISM  さて、戻ってポルトガルでのお話。「海外でのコンテストは時間どおり進まない」「順番が変わるなんて当たり前」等々の話を諸先輩方から伺っていたので、海外コンテスト初体験の私は不安いっぱいだった。

会場についてみると案の定予定が繰り上がっており、当初より一日早くリハーサルが行われることに変わっていた。朝7時集合のため、5時起きで眠い目をこすりながら会場に向かう。集合時間になると舞台監督によるコンテスタントの点呼が行われた。ここで返答しないとエントリーを取り消される恐れがある。時間通り進まない、延々待たされる、という話だったが、思い返すと集合・開始はほぼオンタイムで行われていたように思う。

リハーサル、といっても実際は口頭の打ち合わせのみ。使える照明の色を一通り見せられた後、音楽・照明のタイミングのみを口頭でチェックする程度しかできなかった。演技内容と照明・音響のCUEシートを作っていたのでそれを渡して打ち合わせ、スタッフの方が理解してくれることを祈るばかり。

 翌日のコンテスト本番開始前の時間、何とか照明と音を実際に出してもらってチェックしなければ、と会場に走る。諸先輩方のアドバイスは「とにかく自分から動かなければ、誰も何もやってくれない」。

スタッフは準備で手一杯だから、「じゃあ○○番の○○さん、照明チェックします」なんてやってはくれない。音響ブースにかけていき、「62番のYUMIですけど、音楽かけてみていただけませんか」と交渉する。音源にMDを用意していたが、MDは機種によって音飛びや再生不良が発生することがある。音がきちんと出るかチェックしないと、もしものことも。幸い、音量・音質とも問題なく再生できた。

次は照明の色チェック。隣の照明ブースに行く。先客のイリュージョニストのチームが先に打ち合わせしていたので、後ろで待つことにした。
ところがこの人たち、なかなか終わってくれない。よく見ると、手に10ページはあろうかという分厚いCUEシートを持って、延々めくりながら打ち合わせしているではないか。恐らく現象ごとに照明をパンパン切り替えるようにしているのだろうが、さすがに照明担当の人も「覚えられない」と苛々した様子。

そうこうしているうちに客入れ準備のため緞帳が降りてしまい、ステージ正面の照明ブースからは舞台が見えなくなってしまった。ジ・エンド。時間切れ。
照明チェックができなくなってしまったため、照明の色番号と点灯・消灯のタイミングだけ確認した。前日にチェックしたはずの色番号ですら違っていたことには焦ったが・・・。

コンテストの舞台効果はシンプルに。よく言われることだが、自分のリスクを減らすためにも、他人に迷惑をかけないためにも、これは本当に不可欠なことであると改めて感じたのだった。

 波乱万丈?のリハーサルを終えて、その日のコンテストが開始された。舞台裏の熱気と緊張感の中で、だんだん気分が高揚してくる。ところでこのステージ、オペラ用だけあって舞台装置の出し入れのため舞台裏がものすごく広くとってある。通常の数倍の奥行きがあって、イリュージョンの道具も置ける程。楽屋が遠くて使いづらかったこともあり、ほとんどのコンテスタントは舞台裏でセットアップして待機していた。

その間を進行スタッフの方が忙しそうに動きまわり、演者の順番を確認してまわっている。先程の照明・音響スタッフもそうだが、演技を見たこともない演者140組余りのステージを順番通り仕切らなければならないのだから、並みの采配でできることではないと思う。FISMの大きさと開催国の苦労を垣間見た。しかし忙しそうではありながらせかせかした感じはしない。皆さん親切で、コンテスタントがリラックスするよう声をかけたりしてくれていた。ここにも大らかなお国柄を見たような気がする。

 ひとり、ひとりと終わって私の前の演者の番。進行時間短縮のため、前の演者が幕前で演じている間に私は幕裏で待機することになった。中幕を通して拍手を聞いているうち、なんだかとても不思議な気持ちになってきた。マジックを始めてから10年。私は今、FISMの舞台に立っているんだ。とうとうここまで来たんだ・・・。そんな思いがふっと持ち上がってきて、気持ちが高まっていくのがわかった。

幕が上がって演技を始めてからは夢中で過ぎてしまった。自分でも驚くくらい気持ち良く出来た演技だった。来て良かった。ここで皆に見てもらえて良かった。素直にそう思えた舞台だった。 


FISMを終えて
コンテストでは常にLUCK(運)がつきまとう。昔目にしたこんな文章が頭をよぎる。

運が良かったのだと思う。私はジェネラル部門の2位に入賞することができた。演技を終えただけで満足していた私にとってはまったく思い掛けない受賞で、未だに戸惑っている。いろいろな方に支えられて、応援して頂いて、そして「FISM」の空気に後押しされての入賞演技だった。決して私一人の力ではありえない。

 3年後はオランダで。授賞式の舞台の上から、無数のオランダ国旗が客席で降られる様子を眺めながら、私の中のFISM2000が幕を閉じるのを感じた。

授賞式



(追記)
「ザ・マジック VOl.45(2000年秋号)」に書かせていただいたレポートです。
行きの飛行機の中で偶然、「ザ・マジック」編集長と席が隣りになり、話の流れで「参加レポート書きませんか?」と言われたことがきっかけでした。

まさか入賞するとは私も編集長も予想だにしていません。
お引き受けした時点では、単なる「コンテスト参加者のレポート」だったはずが、終わってみたら入賞レポートになってしまいました。世の中わからないものです。

これがきっかけでその後、たびたび「ザ・マジック」にコンベンションレポートを寄せさせていただくことになりました。
(2006.3.3)



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